PROFILE 建築家プロフィール
北條 豊和
Toyokazu Hojo
- 所属
- 環創研/北條建築事務所
- 所在地
- 〒594-0011 大阪府和泉市上代町826-2
- TEL
- 0725-43-6502
- FAX
- 0725-46-9020
- office@hojo-archi.jp
- HP
- https://www.hojo-archi.jp/
- ブログ
- https://hojo-archi.jp/blog/
- 経歴
- 1985年 堺市生まれ、和泉市育ち
2004年 大阪府立鳳高等学校 卒業
2009年 京都府立大学人間環境学部環境デザイン学科 卒業
2009~2011年 株式会社莫設計同人 勤務
2011~2013年 小田裕美建築設計事務所株式会社 勤務
2013~2015年 住友不動産株式会社住宅再生事業本部 勤務
2015年 北條建築事務所 設立
2018年 株式会社 北條建築事務所 改組
2018年 Amamin' Base 設立
2024年 環境文化史創造研究所 設立
2025年 一般社団法人 環境文化史創造研究所 改組
W0RKS 実績紹介
とくなが荘 OKUZASHIKI
湯治宿の未来と風景の踏襲
国民保養温泉地として名高い湯布院.
先々代から湯治宿を受け継ぎ,新たな顧客層の開拓を目指し老朽化した離れの建て替えをおこなった.
敷地は大分川沿いの桜並木と由布岳に抱かれた旧市街のなかにある.
既存本館の外観を踏襲し敷地全体として一体感のある風景を形成するとともに,配置計画において最も上座に位置する「奥座敷」に相応しい素材とディテールを追求した.
医学の発達した現代において湯治は消えゆく療養文化であるが,その期間は3週間を1クールとされる.
滞在は長期に渡るため身の回り品を持ち込み,食事は自炊を基本とし時折界隈の食堂に出てゆくスタイルである.
近年は湯治以外の宿泊客にも人気を博している当旅館であるが,本計画においても湯治宿の重要な要素である共用台所を建物の中心に設け,長期滞在の宿泊客が家に居るようにくつろげる空間を目指した.
また設計者として従前要素の組み合わせで当旅館の将来を見据えた時,台所のあるリビングホールをパブリックスペースとしていかに昇華させるかが最大の課題であると考えた.
土間床として天井を張らず,前後に視線の抜けを与えることで“屋内でありながら室外である”と定義付けをおこない,その汎用性向上を試みた.
温泉は別棟で貸し切り岩風呂が2つあるが,敷地内での距離を考慮し源泉かけ流しの内風呂を設けた.
設備計画としては冬場マイナス10℃を下回る厳しい寒さと盆地性の夏場の暑さを考慮して,自然熱源の冷暖気ファン搬送システムを導入した.
夏季の床下冷気を上向きにダクト搬送してエアコンボックスから吹き出して冷房負荷を低減し,冬季の小屋裏暖気を下向きにダクト搬送して掃き出し窓下の床ガラリから吹き出してコールドドラフトを抑制した.
構造計画としては平面混構造を採用し,RC壁式構造の高耐震性(安全率2.5倍程度)を得るとともに,木造部分は筋交いを設けず垂直力のみを負担させることで躯体コスト低減と工期短縮を図った.
株式会社 MST Holdings 本社工場
地域の風景を牽引する特殊金属溶接加工工場
アルミ・ステンレスなどの特殊金属溶接加工分野で元々高い技術を持つ企業であり,事業拡大に伴い旧工場が手狭になったため新工場の計画をおこなった.
田治米集落は古くから泉州地域の交通を支えた旧牛滝街道沿いにあり,計画地はその農村集落の周辺地域に位置する.
かつては肥沃な田園風景が広がった地域であったが,阪和自動車道のインターチェンジに接続する府道40号線が開通したことで,現在は物流の利便性の良さから多くの工場が農地や民家と混在するエリアとなっている.
最初の設計打合せで,いかにも工場といった箱型建物では不十分で訪ねる者があっと驚くような印象深い工場を建ててほしいと,クライアントから要望を受けその設計方針が決定した.
設計者なりに端的に解釈すれば,それは敷地外との関わりを重視したいということである.
混沌としている地域景観に一石を投じ、視覚的にパブリック性を持たせることで、地域の風景に今後の方向性を与え、結果としてそこに在る企業価値が高まっていくようなイメージを念頭に提案をおこなった.
工場という用途は本来,生産能力などの機能性,そして労務環境としての安全性が重要であり,出入りする人や物の流れから生じる建築的な情緒変化は少なく,仮に物理的な開放性があったとしても,心理的には閉鎖性を持った空間である.
しかし風景を牽引するという側面に焦点を当てることで,敷地外である周辺地域に対して情緒変化を積極的に起こすことを狙った点が,本計画の特筆すべき点だと考えている.
本工場製品に由来するアルミ製エキスパンドメタルに表裏さまざまな角度から光を当て試作を繰り返し,季節や時間帯に応じた質感や色合いの変化を想定し,未来を透視するような筒状フォルムの断面(ファサード)に採用した.
この建築がその時々見る人々の印象をバリエーション豊かなものとし,時間軸を持った地域のランドマークとしてその一役を担い続けることを期待している.
ISAMU MORITA BRIDE KYOTO
日本初のドレスブランドによる総合ブライダル事業拠点
御所南の旧市街地型美観地区に,日本初のドレスブランドによる総合ブライダル事業拠点を計画した.
冠婚葬祭や儀礼式典の簡略化や縮小は近年の潜在的価値観としてすでに広がりを見せていたが,コロナ禍を引き金に結婚式の在り方は根本的に変化した.
従来の結婚式は基本単位80人が主流であったが,一時的な結婚式需要の減少から回復した後も,両家親族計24名程度の小規模結婚式が一つの在り方として定着すると予想した.
またフォト婚の需要増を見込み,京都ロケの拠点となる本格的スタジオをドレスショップに併設し,ドレスブランドならではのサービスの展開を考えた.
敷地はいわゆる鰻の寝床と呼ばれる一般的な京町家1軒分のサイズで,間口が狭く奥行きが深い(6m弱×30m弱).
ドレスブランドのデザイナーであるクライアントの要望を叶えるため,設計者として重要視したのは時代の需要に応じる空間の可変性であった.
先進的なブライダルサービスを包括するドレスブランド直営の結婚式場は少なくとも日本において他に事例がなく,ポストコロナ時代を見据えた事業投資として,なるべく包容力の大きい建築計画を目指したかった.
悩んだ末に至った解決の糸口は,ここがもともと町家の敷地であるということであった.
物理的な構造体としては建て替わってしまうわけだが,その場所が持つアイデンティティは町家空間に依存するのではないか.
面積的な広さには厳しい制限があるにしても,坪庭としてのライトコートから自然光を入れ,その周囲の階段を介して各フロアレベルに視覚的な繋がりを持たせることで,多様化する結婚観に応えるサービスを包容する提案が可能であると考えた.
さらに通り土間としてのアプローチ通路,ミセノマとしてのロビーを兼ねたカフェ,奥座敷としてのウェディングルームを配置するなど,京町家に着想を得た普遍性の高い空間構成にすることで,将来の諸室用途の変更や大規模な更新の可能性を拡げた.
MESSAGE メッセージ
私はクライアントが持っている夢や希望をどれだけ幸せな形で具現化できるかを追求することが建築家の本質だと考えています。
直接言葉で伝わる要望や条件はもちろんのこと、潜在的、将来的な要求も汲み取って設計することを常に心掛けています。
建築家は他のアーティストとは異なり、クライアントのお金でクライアントの生活や事業に密接に関わる器を創る仕事です。
それでも生まれた建築が作品と呼ばれるのは、建築家の存在が果たす影響の大きさを肯定されているようで、私はこの仕事のプロフェッショナルとして幸せを感じずにはいられません。
私はデザイナーとして幅広い想像力、エンジニアとして高い技術、そしてなにより建築に対する深い情熱を持って仕事に取り組み、たくさんの方々に愛される建築を創り続けていきたいと思っています。
MASTERPIECE 代表作
2016年 CookingPlaza
2017年 上代事務所
2018年 オープンリビングのある家
2018年 御室の家
2019年 一津屋の家
2020年 岸和田の平屋
2020年 和泉の家
2020年 阿倍野の家
2021年 御崎の家
2021年 手打ち蕎麦 朗らか
2021年 西宮名塩の家
2022年 千原町のハナレ
2022年 ISAMU MORITA BRIDE KYOTO
2022年 宮津の家
2022年 三条南町の家
2024年 株式会社 MST Holdings 本社工場
2025年 とくなが荘 OKUZASHIKI

